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鈴木幸希
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仰ut089
2007/07/08(Sun) 23:14:43
以下、青字コピペ。

【菊地成孔によるポリリズム分析講義】


ダンスは時間を微分する!

ポリリズム-ジャズ、或いはダンスミュージックを好んで聴く方ならば、少なからずこの言葉を耳にしたことがあるだろう。では、それって結局どういうことなの?という疑問に対し、これまで明快な説明を与えられたことがあるだろうか。『70年代のマイルス・デイビスがポリリズムを導入した』とか『ポリリズミックな、トライバルハウスの名曲!』などといわれて何となくわかったようなわからないような気になって、お茶を濁してはいないだろうか。
その疑問に、奇才・菊地成孔氏が分析のメスを入れる。
構造的にリズム/グルーヴを捉えていく事によって、これまで何となく「このノリは黒人にしかだせないよ」と、その中をのぞく事を諦めていたリズムのブラックボックスの中身を、知性の光で照らしてゆくことが出来るだろう。そして、構造=仕組みを理解していくことで、非・アフリカ系人種である日本人も、「黒いグルーヴ」を後天的に獲得することが可能である。ということに気付くだろう。そう、リズムは、他ならぬあなたの身体において生まれるのである。

●[講師]
菊地成孔(きくちなるよし)
サックス奏者、キーボード奏者、作詞・作曲・編曲など、膨大なスタジオワークと共に、UA、カヒミ・カリィなど様々なアーティストの作品にも参加している。また自身の主宰する複数のプロジェクトでの活動に加え、自身のソロ活動も活発である。文筆活動として、映画美学校音楽美学講座での講義録をまとめた著作『官能と憂鬱を教えた学校』(河出書房新社)のほか多数の著書がある。音楽講師としては、本校のほかに、2004~5年にかけては東京大学教養学部非常勤講師(ジャズ~20世紀アメリカ史/マイルス・デイヴィス研究)として教鞭を執り、2006年以降は東京芸術大学、国立音楽大学でも教鞭を執る。

●[会場]
アテネ・フランセ文化センター(御茶ノ水)
www.athenee.net/culturalcenter/
会場は京橋・映画美学校ではありませんのでご注意ください。

●[日時]
7月14日(土) 14時30分開場/15時開始
*予約受付はいたしません。当日、先着順の入場のみとなります(13時30分より入場整理券を受付にて配布いたします)。
*会場混雑の場合、立ち見となる可能性もございます。あらかじめご承知置きください。

●[受講料]
一般○¥1,500
学生○¥1,000(学生証をご提示ください)
映画美学校生○¥500(受講証をご提示ください)
*現在、音楽美学講座を受講している方は無料となります

●[問い合わせ先]
映画美学校 音楽美学講座 事務局
E-mail:music@eigabigakkou.com
TEL:03-5205-3565 (月~土 12:00~20:00)
ウェブアドレス:
http://www.eigabigakkou.com/ 

上記によって、来週の予定が決定。

成ちゃんによるポリリズム分析は嫌という程、彼の著書に書かれているけれども、実質の理解を得るためには講義に行かねばなるまい。

昨年、時期を逃し入校しそびれたアテネフランセだけれども、今年分の入校案内が一週間ほど前に届いている。

今年の仕事の具合では到底、週2で午後7時からなんていう授業は受けている暇はなさそうだ。
仕事が忙しいのはいいのだけれど、まだまだ誰かに教わりながら勉強したいものだ。
「自身で勝手にやればいいじゃないか」なんて”甘い考え”到底ない。

以前、アールブリュット関連の本を集中的に読んでいた時に、
インディペンデント・キュレーターの小出由紀子さんの話を聞きに行った時があったのだけれど、
本からの理解の時間と人の話からの理解の違いには大きな差があった。(私には)

「ネット(本)で調べればいいじゃん」という会話はよくするし、耳にもするけれど、肝心な事は載っていない。載っていたとしても、サーチに時間がかかる。
その辺のサーチに関しては、私たちの課題でもあるし、Googleの課題でもある。(今日、googleのショッピング袋を持っているオバちゃんがいたけれど、なにがはいっているんだろう?)

現状はどうしても”人に聞く”という行為が早い。
今後、人がネットワーク上に記憶を作成し、アーカイブしていく行く方向にどんどん進むときっと話も違ってくる。

現在、”人に聞く行為”はまだまだどこでも行われているけど、そこにも若干ネットワークが絡んできている。

例えば、

「あそこにうまい蕎麦屋がある」
なんて誰かが言えば、誰かが蕎麦屋の名前をネットで調べ、それに対する”評価”なんかが掲示されていると、
個人の意見よりもネットワーク上の”評価”が信頼されるパターンが多い。

要はネットで”答え合せ”をしている段階といったところか。

「あのミュージシャンの奥さんは何十年前の何月何日にアルバムを販売している」とオタクが言ったところで、ネットで答え合わせがはじまる。

ネットにアーカイブできるようなデータ(記憶)は個人が所有していても、だんだん意味をなくしてくるんじゃないかと。

個人の持ちうるデータ(記憶)なんてのは、つまらないものばかりだから、そんなものはネットワーク上に溜めこんどいて、私たちの余った脳は溜める行為ではなくて、思考する行為に使っていけばいいのだと思う。

少しラディカルかしら。
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