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鈴木幸希
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um
2008/01/21(Mon) 01:55:44

mukutekikamon.gif











”時代は、なにを買ったかではなく、
なにを寄与したか、なにを辞めたか、になっていくだろう
それこそが未来のデジタルの最後の指名だと、僕は思う。”

噂の高城剛がブログにそんなことを書いていた。(今度、関わりがありそうなのでブログをみていた。)

今に言われたことではなくて、なんだかよく分からない消費社会とやらに生きる時代の人間としては一度は意識してきたことで。

それが”デジタルの指名”と感じた彼らしい(よく知らないが)視点かもしれない。

いつの頃からかよく聞くようになった「これにあれがついていたらいいのに」という話。
(私自身、ターンテーブルとcdjは一緒にしたほうがいいと思っているのだけれど。機材整理の時、cdjの上にタンテ乗っけた際に気がついた・・)

”デジタル”の優性の一つに”アナログ”に生じる劣化をなくすというものがある。
ケーブル50本を1本にできたりするって事にも繋がるし、そんなことはやられてきている。

デジタルを扱う人間の発想がデジタルではないということか。
デジタルを一つとして捉え、それを並列にしてしまおうとする。

これでは馬鹿だ。

タンテにcdjの発想だって馬鹿だ。
実際はタンテもcdjもなくしてしまえばいい。シンプルだ。

なにを流すか。pcか。

そうじゃない。

音楽が流れればいい。

オーディオもいらない。楽器もいらない。
音楽もいらない。

シンプルだ。

なにかに凝縮されてシンプルにされていく姿の極致は想像もつかないが、
今考えるだけのことを思うと恐ろしい。

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mayo
2008/01/18(Fri) 00:52:20

最近、notepcのホームページを、AFP BB Newsに変更してみた。

yahoo、msn、産経あたりは、ほぼ同じニュースを流している事と、終いにはトピックスまで類似している点が気にかかっての変更。

最大の特徴は写真情報からニュースを選べるところと、ファッションニュースの情報数。

写真をメインに使用していることと、異様に多彩なトップページ(ロールしてもなかなか最下部へ辿り着かない)
のせいで多少重いが、相当な条件ではない限り問題はないはず。

ホームページというのはかなり重要な要素を握っているように思う。
いつの頃かに設定して、そのまま使用しているという人が大多数のはず。

「結局、”検索”や、”お気に入り”サーチ(選択)して閲覧するから」と言ったところか。

先日、友人にも「暇でしょ?」と言われてしまったが、確かに年始から仕事が落ち着いている。(といっても約12時間は仕事をしているようだが・・・麻痺だな・・・)

時間があれば、無理やりにでも情報を突っ込んでみたりしたり。

”クローン食品アメリカがokサイン”が本日一番印象に残っている。
別にそれについて書く気はないけれど、クローン食品だろうがなんだろうが、
マヨネーズよりは安全に違いない。(一時マヨネース狂が世にはびころうとしたが、許されるわけがない。)

以前フォーマットのakarmawebにてマヨネーズについての怒りを書いているので、かならず目を通してほしい次第です。

http://ameblo.jp/akarma/entry-10009930609.html

なんか嫌な終わり方だな。

ratra
2008/01/16(Wed) 00:16:24

所謂細胞系のかなり直接的で今までと違い分かり易いニュースが舞い込んできた。

死亡したラットの心臓を型枠とし、生後まもない別ラットの心臓細胞を採取し、型枠心臓内での培養に成功したというもの。

米ミネソタ大の研究チームらしい。ミネソタもふざけたハードコア連中だけではないのだ。

現状、”心臓の型枠”という部分に課題が残っているが、ラットのから臓器を採取せず研究を進める事は、
過去の細胞研究実例をあげれば、容易にできてしまうのかもしれない。(牛のじん臓の件とか)

あくまで心臓の再生であるから、身体(脳)が死亡(?)してしまえば、
人が生き返るということでもない。

脳死状態とも違うのか?

タイミングと死因によっては、生き返りそうな話でもあるが素人はよく分からない。

ミネソタ大の研究チームは、死亡者の心臓に、生前に本人から採取した幹細胞を注入し、
再生した、心臓を移植、
結果、ドナー不足問題の解決に繋がるのではないかという意向らしい。

人間の”寿命”はどこにあるのかよく分からない。

脳でないのであれば、
各臓器を再生し続け、
AKIRAのタカシやマサルのような人間が出来上がるという話になる・・・か?

寿命という時期を超えた先には、彼らのような能力が身についても不思議ではないし、だれも否定できないのではないか。

その頃、どんな音楽が流れているのかのほうが興味あるのだけれど。

mranpc
2008/01/15(Tue) 00:30:43

某店で数分mpc2500を触らせてもらう。

冬に友人からもらったvst plug inのおかげで、ソフトに依存しきった制作が続いている。

こうなってくるとどこまで依存するかということをやってみたくなる。
普段から鍵盤を打つ手は自身の記憶に依存しているかのように、同じようなルーティンを組みがちになり、
飽き飽きしている。

そこに例のソフトを使用しランダマイズしながら、かけ録りすると、創意していることとはまったく離れた場所に辿り着く。

自分個人の創意を作曲という形で表すには技術がまったくないし、技術を得たところでなにかに類似してしまうだけの話。(団体の場合は技術が必要なのだけれども・・)

創意しないという感覚は、かなりの楽に繋がる。
単純に楽しめる時間が長い。

ハイハットをパネルにアサインし、永遠とエディットし、納得のいく音をつくる行為も同様に楽しいのだけれど、
それがキック、スネア、タムと続くと飽きっぽい性格の自分としては時間とともに退屈になる。

エディットをソフトに・・・。

一つのキックに数時間かける人も多い。一粒一粒種を植え付けるように。

これがどうも性に合わないようなのだ。

多数の種をバサバサっと蒔いて、雑草とともに何個かの種が発芽する。
どうやらそんな庭らしい。

だからといってそうゆう音楽が好きなわけでもない。

大切に植えた一粒だけでよかったりもする。
ただそれをしようとしないだけで。

某店で触れたmpc2500はランダマイズ前の素材(種)をつくるには持って来いのようだ。
熱心に店員が使用方法を教えてくれたことが幸いして、なんとなく店先で使えるようになった。

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