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鈴木幸希
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2026/04/08(Wed) 06:00:57
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chhre
2007/12/28(Fri) 01:36:21
今年の末もcobraのおかげで毎年恒例となりつつある、地元岩手での年末年始イベント。

そういえば5~6年前に自分らで主催して変な箱でやったのが、先駆けだったのか?
最悪のアンプと最悪のスピーカー、最悪の客層。岩手ならではな感じの初回から比べると、
地元でもましなイベントに出てる感じが、少しおもしろかったり。

結局のところ今の学生世代が静かなところをみると、レコードブームの下火に直結しているのだと考えたり。

こないだ、yoshi-b君に進められた下北沢のひよこレコードに行ってきた。
名前は聞いたことがあったし、実際に店に行ったら過去に行ったことのある店だった。
(そもそも普段、下北沢に足を運ぶ事が滅多にない)

下北到着後、jetsetとユニオンに行き、数枚購入。
その後、ひよこへ。

高いとは聞いていたが、うわさ通り。
ただ、品揃えはかなりのものだった。

個人的にレア盤買い漁るようなタイプではない為、ハッキリいって値段に対しての希少価値が適正なのかどうかは分からなかったのだけれど、店主の耳はだいぶ長けていることはすぐにわかった。

今や、平日の昼間レコード屋となると、私と店主の2人・・・という状況はどこのレコード屋でも生まれる悲しい事実。

そんな場所で長時間掘った後、気にかかったレコードを持ってレジへ向かったものならば、
店主も話かけないわけにはいかなかったのだろう。

ふざけた気持ちでJeru The Damaja、EPMDなんかをレジへ持っていくと、
すかさず店主はkenny dopeの過去のミックスを薦めてくれた。

レジへ持っていった4枚のうち、3枚が今は懐かしいhophop foreverシリーズのkenny dope版に入っていたのだ。

そのレコードを出してくれて気がついたのは、そのシリーズはすべて家の棚に入っていること・・・。
(それも下のほうに)

それこそ、hiphop聞き始めた頃にはごろごろ転がっていたレコードなのだけれど、
確かに最近見かけていなかった。

手持ちのレコードに希少価値がついているのはうれしい反面、どんな悲惨なレコードでも売らないと決めている
身としては、時代の流れを感じるだけの出来事にすぎなかったり。


その後、店主とkenny dopeがhiphopトラックメインでやってた頃の話をしていると、
店主がすごい事を言い出す。

「昔やってた店によく来てたよ。」

よくよく聞いてみると、下北にひよこレコードを構える前は、
nyでweekendレコードなるレコ屋を経営していたそうな。

そこの客といったたこれまたすごい。
スピナにシャドウにz-trip、ケミスト、q-tipなんかも来ていたらしい。(いまでも気軽に話ができるそうな)

レコード好きに愛され、経営もうまくいってたものの、ビザかなんかの絡みで帰国。
その後もいろいろあり、数年後、下北にひよこオープンとの事だそうな。 

その後、こちらから「菊池成孔が好きだ!」などという、どうしようもない話の流れから、
dub sextetの話になる。
店主はまだ聴いていないというから、ポケットからi podを取り出し、聴いてもらおうとすると、
すかさず店主は、「だめだよ、i podとか」と最近は否定されることも少なくなったi podの存在意義自体を問うキーワードが飛んできた。

かなりストレートに心に響いたというか、ひさしぶりに人に”怒られた”と素直に感じた。
普段は怒られても、対外の出来事は飲み込めないのだけれど。

こうゆうまじめなレコード屋(jazz喫茶とかもか)でi podを出す行為は一種のマナー違反である。

馬鹿げているし、まーそのマナーは馬鹿なのだけれど、こればかりは仕方がない。

レコードの優勢について、考えなおさせられたひよこレコードでの会話。
とても有意義でした。


※年末イベント用のトラック制作がまったく進まない中、
船木×桜庭のtv放映時間とスケジュールが被ることだけが心配のここ最近でした。

ちなみに船木が勝ちます。

年始の高校サッカーは岡山の作陽が優勝します。
もちろん我らが岩手代表 遠野高校との決勝の末にですが。
お暇な方、今年も国立に行きましょう。

岩手の遠野高校は県内でも有名なサッカー高です。
昨年全国制覇した盛岡商業とは全くカラーの違うチームで、
盛商=ナンパ、遠野=ストイックな感じ。

中学の頃、遠野へサッカー研修にいったのだけれど、サッカーに対する空気感は異様な感じ。

※ちなみに、中学卒業後、勝手に盛商への進学をきめていたのだけれど、
「サッカーだめだったらどうするの?」という親族の意見になにも返すことが出来ず断念。
同時に好きでしょうがなかった服に専念しようと決意。

東京にくるとあまりのレコードの数にレコード地獄。服を忘れる。

結局雑多な性格からイベント屋という今の職種が割と向いていたりしながらもレコード屋経営を狙う日々。

こんな人は全国に山ほどいて、そんな人たち同様に高校サッカーコンプレックスから抜けれないことも確か。

未だに、本気で高校サッカーに出たいと思う。
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nore
2007/12/12(Wed) 01:20:30

またレコード屋が消えた。

今回は大々的である。

渋谷を中心に各都市にも展開していたciscoがネット販売のみに切り替え再スタート。

数年前にcisco新宿アルタ店(一時の品揃えは、半端なかった)が消えたことさえ不便を感じていたのに、
なんと渋谷hiphop店、house店、techno店どれもこれも閉店。

宇田川”cisco坂”の名称は”旧cisco坂”となり、まるで国道のような扱いになるに違いない。

「昔、ここにはciscoというレコード屋が羅列していて、よくここをのぼったものだよ。」などという
孫への思い出話。

個人的趣味嗜好がズレタのか、シスコのバイヤーの力不足か、そもそもグットミュージックの減少か、
何が理由かよくわからないけれど、確かにciscoは僕にとって重要なレコード屋ではなかった事は確か。

レコードの売り上げは90年代後半だかをピークに減少する一方。

一時のdjブームは今は衰退する一方。

そりゃー形ではいった若モンが、歳とって、タンテやレコードを売り払っていてもおかしくないし、
中古機材屋には異常に中古タンテが重なっているのが見受けられる。
ちょっと金があればまとめ買いして、いつでも大友良英に挑戦できる始末。


いつまで経ってもレコード屋をやる気でいる自分としては、
業界自体の衰退を黙って見てるわけにもいかない。

ただ、何が出来るかといえば、結局、商売しない事なのかも知れない。
または、音(レコード)を売るという事に、意味がなくてはいけない。

私は音をつくるけれど、あまり力を入れず、マイペースにしかできない。
それでよく困らせるのだけれど。

※影ちゃん、もうすぐです。
(出来たけど映像とリンクしてない気がするのと、割と力をいれているのと)
※kuzeちゃん、例のヤツ、年始時間が空いた時、仕上げます。
※bbsの2人、年末用は何とかなります。
※queさん、あまり急がせないで下さい。
※hiro、そろそろ忘れた頃かな笑

本来、音を売っている人というのは、何を感じているのか。
必要とされていたり、イカレさせたいという欲求だったり、何らかのメッセージだったり、様々。

なにかでキューバの話を読んだ時、国民の音楽に対する欲求が比べ物にならないという話があった。
大きな目でみて、日本は音楽にあふれているが、決して裕福ではない。

売れる売れないの話ではない。
そもそも、地下に眠っているような、インダストリアルなんとかミュージックやら、なんちゃらハードコアなんとかやら、細分化された先にあるもの(そもそもこだわりを持った上でそのポジションを確立していらっしゃる方々)が酷い。

それでは話にならない。

私自身、実際そんなことはどうでもいいと思っているけれど、(そう思えてきた)
どこを掘っても真新しい感覚は得られない事に不満を感じる。

※菊池成孔氏のアルバムはわざわざ先行で入手したが、その心理はアイドルオタクのそれと変わらない。
(実際に一度聴いて、たいしたことなかった事実・・・)

”あのレコード屋にいけば、いい音楽が手に入る”という感覚がなくなってきている。
結局、中古屋を懸命に漁るほかない。(楽しいのだけれど)

レコードに対する気持ちが大きい人間(私のような笑)と話していると、
レコード屋の質自体の衰退の話にはなる。

近いうちにnyに行ってみようと思ったものそのせい。
”宇田川が世界一のレコード街”と海外のdjは言うけれど、
身近にあるこちらとしてはどうしても”外”に救いを求めてしまう。

こないだ中古屋で入手したny版レコードマップ(英語だけど、大体わかってしまった唯一の英本)を手に、
ny中のレコ屋掘って、そこになにかを感じなければ・・・・・・。

恐ろしい話だ。(実際にそうなった場合、満面の笑みで郵送問題と戦っているのだろうけれど)

※”満面”という漢字に恐怖を感じた。

inner kru
2007/12/05(Wed) 02:40:21

結局のところ、こちらから身を投じるまでもなく、
ボケっとさえしてれば、普段意識して環境そのものに向けている聴覚(もしくはその他)の意味を考えなおさなければならない感覚に陥ることが私には稀にある。

すでにややっこしい事のように思えるが、思考レベルでは一瞬の出来事だ。

決定的な断片があって、後はまるでその余韻でしかないようにおもう。

継続的に物事を考えたり、実際に手を動かしたりすることが不得意(という表現が当てはまらない気もするが)のようである。

体内か脳内のなにかの運動の働きを意識レベルで認知している日常を思い直した結果、
周囲にあるもの(万物)と比較した上で自己の運動レベルに置き換えてみると、
どうも私の細胞は端的に運動しているようだ。

これには非常に興味がある。

傍から見れば、”飽きっぽい”だの”忘れやすい”だのということになり、それがもしも”社会的”な感覚で見られた場合、もうどうしようもない。

私自身を形成している自己は、私の記憶でしかないという可能性もあり、
それが断片的であればあるほど、
”自己の形成”などという誰が言い始めたかわからないが、ご立派な言葉から程遠い自己が生まれ続けてします。

記憶的自己はとても心地のいい感覚だ。
簡単なところで、思い出話などいい例である。

新たに人と出会った時、そこに自己の存在などないのではないかという感覚に陥るが、
その瞬間瞬間で新たに自己を形成しようとしている自己が存在していることがわかる。

その時の自己といったらどれだけくだらないものかと思う程の何とも言い難いものだ。

長い付き合いになれば、相手の中で私の自己が形成される。

相手の中の自己というものは、変化しにくいものだし、自らが相手に抱く思いも同様である。

最近久しぶりにあった人がいた。(それも5~6人同時に)
私は彼らの中にある程度の自己を形成していたが、
それは私の中の自己と大きく違うように思えた。(ギクシャクしたとかそんな話ではなくて)

そういえば変化をなんとも思わない友人が何人かいるようにも思う。

私も彼らが、今後なにを発言しようとも、どんな行動を起こそうとも何とも思わないだろう。

それほど、いい加減なお付き合いなのだ。
私は人の話が真剣であればある程、聞かない修正を持っている。

単にそれは、以後変化していくことであって、私にはどうすることもできないことでもあるし、
私の中にそんな彼らの自己を形成することのほうが無意味だとどこかで感じているからだ。

面倒臭い話になっているけれど、
ただ単に最近、やれ継続やらないやらというヤツが胡散臭くてしょうがないというだけ、私の自己形成の話。

1130
2007/11/26(Mon) 22:08:08

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菊池成孔新プロジェクト”菊池成孔Dub Sextet"の新譜(タイトル未定 きっとすばらしいタイトルになるに違いない"SEX”という単語が一部使用される気がしてならない。)が12月8日に発売されるにあたり、先行予約を行っていたので、例外なく予約をすると、イベントのご案内がついてきた。

11月30日タワレコ新宿7階イベスペにて19時から。
「ジャズとスーツの話」を題にスーツとjazzの関係を言及するものである。
私はたまたま、つい先日スーツを買ったばかりだ。

11月30日もう一つ。
前回のブログに書いた”PEACE BED アメリカVSジョン・レノン”の特別先行試写会の応募に当たっていた。
数日観ていなかったポストに地域新聞、デリヘルチラシととものごちゃごちゃになって投函されていたのである。
いつの事だったか忘れたがintoxicateの抽選に応募していたらしい。

11月30日18:00開場 18:30開映
浜松町 文化メディアプラスホールにて


どちらも行きたいが、この日はお仕事の都合がどうしてもつきそうにない。
もし暇であろうとも、菊池成孔のイベントに参加してしまうであろう私に、
そもそも特別先行試写会のご案内は無意味。

今のところ3人にお声掛けしたが、誰も都合がつかず。

誰でもいいのでお暇な方はご連絡ください。

チケットあげます。(菊池イベントも同様。泣)

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