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鈴木幸希
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不必要性
2009/03/22(Sun) 03:11:27
 いろいろな事が思い浮かぶが、決して実行するわけではなく、
シーケンサー上に1ループが次々と溜まって行く。

レコードの収集と、音楽制作はある種逃避に近い感覚であるようにも思う。

実行しないのなら、思い浮かばない事のほうが健康的なのではないか。



日光で友人嫁の展示会を観た帰り、本を読んだ。
ノンフィクションの類いは一切とは言わないまでも、ほぼ読む事はないが、
その作家だけは、とある友人に進められて以来、つい気にするようになっているし、書き上げるペースも早いので、飽きる事もない。

ちょっと遠出をしたからだろうか、感受性がいつもとは違っている自分に気がついた。
この感覚を音楽で感じる事はないのは、きっとろくな聴き方をしていないからだろうという自覚もある。

感受性の衰えるものなのだろうかと感じる事も多々あるが、
単に繰り返しの慣れの果てのようにも思う。

飽性の性格がレコードに執着するのは、音楽がどうのこうのという理由以外に、
単に、新感覚を求める手段としてという面もある。

個人が生きる間に聴ける音楽は限られて、
とはいえ、なにかひっかかりがあれば、2度3度聴く事をする。

そもそも自身に影響を与えるような音楽が、1度聴いたくらいの話で済むのなら
レコードという媒体でなくてもいい。


話がそれているのかどうかもわからない。
頭の中がグシャグシャしてきた。

久しぶりに味わうこの感じは、寝て起きると綺麗に消えているのだから勝手なものである。

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お久しぶりです。
感受性は、年を重ねるごとに鈍くなっていっているような気がします。
でも、何に対する感受性なのかはわかりません。

或いは、感受性は年を重ねるごとに、向かう方向が変わってきているのかもしれない。とも思います。
興味なかったような映画が観たくなったり、
食べられなかったものが食べれるようになったり。
(食べ物に対しても、感受性ってあるような気がします。)

ものを捉えるアンテナは広く構えたいものですね。

2009/03/28(Sat)00:47:32 編集
楓さん
きっと鈍りではないんですよ。

記憶が蓄積される分、物事を理解しようとする箇所が、簡易的にしてしまっているのではないかと・・。

「きゃーかわいい!!」と発言する頻度の減少と一緒です笑。

同一感受性は高度であればある程、頭が悪いという事になりかねないのかもしれません。

確かにアンテナは広く構えたいものですね。
akarma 2009/03/30(Mon)21:25:35 編集
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