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鈴木幸希
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gh
2008/04/30(Wed) 23:53:32

黒澤監督が、「映画と音楽は芸術形式が似ている」と言った後の話。

映画で時間軸を表したい場合の表現方法は様々。
シーンとシーンの合間に、外の風景を指し込み、また戻ると時間が経過したように感じたりする。

”流れ”というやつ。

黒澤監督はその”流れ”がいらないという。(そこでは、なぜいらないかという事について語らなかった)
その場合、音楽でいうカットアップに近い。

クラシックにおいて”流れ”は重要になっている。楽章として、組まれているくらいだ。

普通、人が瞬間的に”流れ”を切る事はむずかしい。
なにかしらのリズムがついてまわっている。(呼吸やら血流やら)

”流れ”を切りとるには、「機械」はかなり有効的だった。
映画にしても音楽にしてもフィルムを切り取って繋ぎ合わせることが出来るようになり、
時間を無視することができるようになった。

それにも関わらず、ある程度のリズムをキープさせた作品がほとんど。

別にそれがどうしたってことだけれど、
いったい何によってリズム(”流れ”)に捉われているのかが不思議でしょうがないだけ。

記憶か。

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無題
映画でいうと古くはゴダール、最近だとここ10年のデビッドリンチ(ストレイトストーリー除く)なんかが流れをぶった切る映画を作ってるね。
特にリンチのはすごくて、これが音楽だったら不快に感じるレベルなんじゃないかと思うくらい。嫌いな訳ではないけど。
流れに囚われてる究極はやっぱ24シリーズって事になるかな?
cobra 2008/05/01(Thu)10:20:45 編集
>cobra
音楽だと不快になるんだよね。
あれってどこからくるんだろう?

ぶっ飛んでるようにみえるリズムもリンチにとっては通常のリズムかもしれないしね。
(外山明の即興のような笑)

24シリーズは時刻を画面にのっけちゃうからね笑
akarma 2008/05/01(Thu)11:43:14 編集
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