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鈴木幸希
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ff
2008/03/06(Thu) 01:07:49
3月5日、本日、20:00~
菊池成孔氏、渋谷アップルストアイベント。

どうせ誰もいかないだろうな・・。
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koya←ppo
2008/03/06(Thu) 00:30:09

いつまでたっても仕事で食っていこうという気が起きないのはなんだろうか。

適当にこなして、適当な時期が来ると出世して、適当に忙しくなって。
別に嫌でもなくて。

最近、打ち合わせやらなにやらで所謂エリートさん達とお会いすることが重なった。

やはり、自社内の事や周囲の情勢など、隈なく把握している様子である。
ご立派なもんだし、地位や金も持っていそうでもある。

やればできるのはわかっているけれど、なにかそこに向かう気が起きない。

業種柄、知識というよりは応用力や突発性、柔軟性に長けている必要があるのはわかっていて、
どうゆう方向性でモノを考えれば、そこに辿り着くかも先人を見ていれば大方把握できる。

まるでそこがゴールであるかのように、周囲は動いている。

ただ、どうも動き気になれない。

なぜかって、単に”なんかダサイ”の一言なのだ。

上の考えは、中学生が勉強ばっかヤツ、ダサい・・・といっているのとまったく同意である。
これは単に幼稚な考えでもある。

ただ、自身が学生の頃、懸命になっている人間をダサいと思ったこともないし、
反対になぜそんなに懸命になれるのかが不思議でしょうがなかった。

きっとエリートさんになる為(もしくは何らかの圧力←精神的な事を含めての)である。

型を正確に把握し、対応策を把握(+人間性)・・・この繰り返しを厳密に行うことで。

社会人によく売れる新書のシリーズに”なんとかかんとか術””何とかになる方法”というのがよくある。
あまりに馬鹿げているので目を通したことがなかったが、それではいかんと、最近出た”それ系”の新書を手にとってみると・・・。

そこには信じられない言葉が羅列されてされている。
一種のマニュアルがあり、それに沿う形で行動すると、→こうなる。
みたいなことばかり。(朝起きる時間まで書いてある)

「柔軟に考えを変えて・・・」という一文もよく見られたが、柔軟というよりは強制である。

変な話、誰でも書けそうなもんでもある。



私は”自己”など、存在しない、流動するものだとおもっているという”自己”を持っている。
ただ、その”自己”は、こちらから働きかけて流動させていくということに拒否反応を感じるようである。

”自己”の流動はあくまで無意識でなければ意味がない。

別にぶっ飛んだ人間ではないことはわかっているけれど、型が変な形をしているらしい。
どうもおさまりが悪い事が多すぎる。

形を整えるか、歪ななにかで型を埋めていくか。



歪ななにかだろ。

hie
2008/02/28(Thu) 00:14:29

”一つでは多すぎる”

誰かが書いていた事で、それを読んだ時、同感した言葉。

一つの事に集中すると、効率的ではないという感覚。

ここでいう”一つの事”に誤解が生じないように書くと、
例えば刀職人は刀をつくることに集中しきっている。これが悪いわけがない。

刀を作るという事は製作全体を見据えなければきっと成り立たない。
決して一つではない。

身近なとこでもdjだっても同様。
全体を見通してやらないと話にならない。繋がればいいってもんでもない。

一つでは多すぎるというのは、料理人でいう鍋に火をかける事のようなもんだ。
鍋に火をかけてそればかりを見ていたのでは、時間ばかりが長くすぎてしまう。
監視という一見重要な役割をしているように錯覚するが、
脳はそうゆうわけにはいかない。

鍋を見つめているだけ無駄なわけだ。

”寝ずに考えた”などという発言があるけれど、
あんなもん寝たほうがいい。

よく深夜思考したことを早朝起きて思いなおすと、まるで違う答えが出たりする。
これはあくまでも無意識に委ねた結果であって、長い意識の産物を作る場合、都合が悪かったりする。

その辺の仕事や相談事なら寝てしまえば、次の朝にはなにか変化が見られて、それが結果になったりする。

もちろん意識を保ち続ける事で成りたってきた常人には到底達することのできないモノを思考(制作)する人もいて、それは芸術だったり音楽だったりもする。(私が好んでいるのは多分そうゆうものだし)

鍋を見つめているだけ無駄な出来事は人の心を動かすのかも知れない。

fotr
2008/02/26(Tue) 23:27:30

岩手の友人がスタジオに使用していた蔵がなくなるらしい。

蔵は通称でもなんでもなく、見事なリアル蔵である。

蔵の重い扉をギシギシっと開けると、薄暗い照明の中、機材がぎっしり並んでいる。
そこにムーミンとかゼットンとか、変なカエルとかがいるから、はっきりいって怪しい。

とはいえ、
実家に帰るとそこにいることが多い。

居心地は・・・・・だけれども、薄暗くて機材とレコードがあれば個人的には、満足しているのかもしれない。

蔵を建て壊す理由は老朽化による事故防止といった具合らしい。(使用方法が怪しいからという噂も・・・)

建物の老朽化で友人の日常が変化するというのも考え深いものだ。

私は引っ越しが好きだから、おそらく持家など建てずに転々と住む場所を変えていると思う。
(次は新宿狙い)

建物に依存することはおそらくない。

”日本人は家の手入れをしない人が多い”とスウェーデンの人が言ってた。
家の手入れは、きっと掃除の事でもないし、業者を呼んでどうのこうのということでもないとおもう。
正直、何をするかわからないけれど、
古ーい映画のアットホーム家族(金髪)、家に集合しているシーンみたいなもんがあれば、
お父さんが芝刈り機やらその他機材を使って家周りを手入れしている様子が思い浮かぶし、横のガレージには、さまざまな用具が入っているに違いない。

※cobraへ。蔵は我々でリフォーム(リメイク)しましょう。




久々に渋谷のファントムに行くと、
探していたゴーグルがある。

si-ballistic-1.jpg










OAKLEY社のSIシリーズゴーグル。
一見スノボ用ゴーグルに見えるけれど、これは違う。

対衝撃性を高めたミリタリー向けのゴーグルでその辺のオークリー取扱店では購入できない。
存在自体すっかり忘れていたのだけれど、先日軽井沢のアウトレットに行った際、オークリーショップに何となく入り、ゴーグルをみていると思いだしたのだ。

で、ファントム行ったらあった。(意外と簡単に手に入った為ありがたみがない)

購入したもののボードにでもいかない限り、サバゲーくらいでしか使用方法がない・・・。
しかし、いつか街に出てみようと思う。

で、

活躍の場のないゴーグルに寂しさを感じ、mark by mark jacobsのサングラス購入。

launchpapa-img600x450-1196871869papaa__28_.jpg











U2、ボノがこんなのかけてたなと思いながら購入。
着用するとなんだかイヤラシイ感じになる。

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