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鈴木幸希
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2026/04/08(Wed) 07:36:15
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gcp
2007/11/25(Sun) 01:30:58

 
近所の映画館のレイトショーはほぼ貸切で鑑賞出来る為、夜な夜な足を向ける事がある。
大概一番くだらないものを選んでいるように思うが、それも趣味なので仕方がない。

そういえば、12月8日公開の”
PEACE BED”。これもきっとくだらない部類にはいるのだろう。
あの類の映画を見終えた後の、映画館内の情景想像すれば、それは末恐ろしい。映画館総社会派空間である。

映画を見終えた後のインタビューを稀に見かけるけれど、あれほどヒドイものもない。

さておき、
ネットで映画情報を調べていると、なにやら久し振りに目についた文字があった。


”グミ・チョコレート・パイン”

である。

脳内back to the  PLANET in asagaya。

6~7年前に、私たちの年代からいうと”フリーター”が持て囃されていた頃、阿佐ヶ谷に住んでいた某cobraも 諸事情により、昼は睡眠、麻雀。夜はdj、ビデオ屋バイトという”フリーター”という言葉がなかった70年代から続く中央線住まいの若者のような生活を送っていた。

彼は暇を縫っては、多方面のあまり役に立たない情報を集めていて、私もその話を聞くのが好きだった。

今思うと、周囲が社会へ羽ばたこうとしている最中に、お互いイケナイ方向に突き進んでいたようにさえ思う。

そんなある日、いつも通り彼の家に深夜に到着。お隣のラウド君(パンクミュージックを朝方まで熱唱する男)を横目に、エレクトロミュージック全開で朝方までしゃべり続ける普段通りの部屋。

彼は大槻ケンヂの”グミ・チョコレート・パイン グミ編”という一冊の本を推し進めてきた。

もちろん大槻ケンヂが本を書いていた事も知っていたし、100円で中古屋に並べられていることも知っていた。
筋肉少女隊が伝説と呼ばれることに対しての疑問は大いにあった。

そのころ私は今よりさらに偏屈な性格でもあったので、なぜ「大槻を読まねばいけない・・・」とも思ったと思う。

「はじめの5ページだけでいいから!!」というような事を彼は言ったと思う。

仕方なくと5ページ読んだら終りである。

ゴンヌズバー!

と、

とても言い表せないエネルギーに満ちている。

世のモテナイ男性諸君の夢(わりと単純な)や希望(妄想)が煮えたぐっている。

内容は本を読んだほうが早い。ただ20歳以下のモテナイ男子にしか理解できない内容ではあるし、
私自身1度読んで売っぱらってしまった。(そのくらいがいい)

その後、阿佐ヶ谷の彼からグミ編、チョコ編を立て続けに借りて、通学の電車で読む数日間が続いたが、
その際の私は、電車内一人噴き出す怪しい男でしかなかった。(パイン編はまだ発刊されていなかった)

後にパイン編はグミ編の勢いはないよ。という噂を聞き、結局いまも読まずじまい。
最近文庫になっていたので買ってもいいかなと思うも結局手が伸びないでいた矢先に映画化である。

それも監督がなんと、ケラリーノ・サンドロビッチである。
バンド”有頂天”のケラではないか。
さらに音楽は電気グルーヴ。ピエール瀧に関しては出演までしている。

大槻ケンヂ自身にとって、これとない形であることは間違いないし、
学生の頃から周囲にいた彼らがこのような形で今もなお同じ作品を共有できるというのは、とてもうらやましい。

あぶなく奇麗な話になりそうだったが、学生時代の彼らはそれはもう想像を絶するものに違いはない。

というわけで映画化でどうなるか。

なんなら”グミ編”のみの映画化のほうが期待はもてるが、大槻だってケラだって大人である。
それを求めている人間を相手にしてもしょうがない事くらいわかっているのだろう。

噂では、”山之内のじ−さん”は出てこないらしい。

もったいない。






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==◎==
2007/11/24(Sat) 00:05:01

1142905894_f.jpg























ベネッセコーポレーションがDSで”進研ゼミ”を開始するらしい。


以下青字コピペ。

会見に出席した福島保社長は「DSは、移動中など“すきま”の時間を有効に活用できる。勉強したことを定着させる復習に適している」とメリットを強調。

上記コメント内の”移動中のすきま”というのが気にかかった。

土地によっては移動方法が車だったり、船だったりするが、それを”すきま”として捉えている感じは薄い。
私なんかはもっぱら電車で移動をしているけれど、
ベネッセの社長がいう”すきま”とはおそらく都内の話でそれも電車内の話だ。


移動そのものが”すきま”として捉えている人はほとんどだろうけれど、
それは行き先と帰り先が繰り返しでしかない日常からくる一種の生活病ではないか。

何かをしている時間以外を”すきま”として捉えるなら、睡眠を省いた意識活動中の時間の中で、
”すきま”は自己設定で設けた事でしかない。(そもそも”すきま”などない。)

移動そのものを有効な時間として捉える事が出来なくなった感覚は、単なる都心構造問題なのか、
そもそもの人類生物学なんかがでてきてしまうのか。

移動が”すきま”なのだとすれば、その”すきま”を埋めることよりも、
”すきま”を感じない移動を認識することが重要なはずだ。

繰り返しの安定が妙な”すきま”をつくっているなら、そんなもんいらん。




pojel
2007/11/19(Mon) 00:06:29
”the urasettai” take four

2007.11.17 sat @ Roots N

無事に終了です。

せっかくいいdjで固めてるのに、前半なかなかお客が入らないのがだけが勿体なく思った。結局イベント開始2時間くらいから温まってきた感じ。

今後も続いていけば、いいパーティとして認知されてくれるとおもう。
やってる側が皆、そんな気持ちだし。

「温かい感じだね」とか「アットホームだ」とか言ってくれる人もいて、終始のほほんと出来た。

友人や、恩師やその彼女が来てくれたり、来れなかったけど連絡くれた人がいたり、
当日は同級生の結婚式があったり、田舎の友人に女の子が生まれたり、主催のkuzeちゃんが彼女を横に結婚するとか言いだしたり、なんだかいい日だった。

個人的には、不慣れなテクニクスのタンテにいつも通りやられ(普段ベスタ)、なんだか納得のいかない感じのプレイだったけれども、酒に呑まれた周囲からはお誉めの言葉をいただいたり、結果ごまかせてたのかしら。


少し熱があるようなので、お休みなさい。

※kageさん。今日10秒くらいの音を2つ追加しました。

MUTATIS MUTANDIS
2007/11/15(Thu) 22:37:50
MUTATIS MUTANDIS

日時:2007年11月9日(金) 〜2007年11月18日(日)
青山UNDERCOVER BASEMENTでやってるヤバメのエキシビジョン。

「MUTATIS MUTANDIS='with those things having been changed which need to be changed'.
(ミュータティス・ミュータンディス=変わるべくして変化したもの)」をテーマに、Alakazam! なんかに絡んでる、

ウィル・スウィーニーと向井勤の2人の新作をザラザラっと展示してある感じ。


Mutatis-thumb.jpg



















作品はどれもなんらかのカオスによる解体後の再生を描いているよう感じたり、
一つの物語のようにも感じられたり。

どちらかといえばノスタルジーに近い感覚を受けたり。

今後向かっていく先なのか、それともどこか別の場所にあるのか、昔からあったのか。

彼らの世界の一辺にもみたないであろう展示作品は、
脳のサボっていた部分に刺激を与えたであろうキッカケとなりました。

音楽的な絵でもあった。

07111303.jpg















※無関係メモ
20071020-00000007-jijp-int-view-000.jpg
















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