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鈴木幸希
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2026/04/09(Thu) 13:42:03
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ffe
2007/09/21(Fri) 01:08:38

明日の深夜からはいざ旅行です。
どこでいいもの見てこようか・・・。

このタイミングでお勧めあれば!

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BpBSkBSBB
2007/09/17(Mon) 00:00:16
9月28日、BATTLESの単独公演がリキッドで行われるが行けず・・・。
前売りを泣く泣く知り合い売り渡す。

1070928.jpg




前回、私がみたのは渋谷かどっかでprefuseが来日した際の前座的扱いの時。
あの時はなにかが噛み合ってなく、音源や前評判の気持ちが先行し、なんだか微妙なライブで終了。

ただその後の評判は上り調子。

そんな話を友人としていて盛り上がりつい前売りを2人で買うも、2人とも行けず・・・。


続いて10月5日、BAYSとSOIL&"PIMP SESSIONSの公演。同じくリキッド。
こちらもかなり怪しくなってきた。

1071005.jpg





SOILと知り合いという人と仲良くなり、話をしていると、BAYSの話になる。
前回、dj klushが迎えた来日の際はかなりぶっ飛んだ。

音源を出さない事で有名なBAYSには元パームスキンプロダクション(from我が青春ニンジャチューン)の人間なんかがいる。

SOILはジャイルズ・ピーターソンがどっかで流していらい引っ張りダコ。
個人的にジャイルズピーターソンという人間をどこかで信用していない。

話がズレた。

BAYSは行ける人はいったほうがいいです。

イギリスかどっかではBAYSとハービーハンコックが共演したこともあるそうです。
そんなの観たかったな~。

ライブ欲求独り言不満でした。

マーク・ファリーナのバークリーメソッドに集成さえるコード進行や、テンポ合わせの両立がとれたMIXを聞きつつ、7月のマークの来日も逃していることを思い出しつつ。

ライブイベントを主宰して皆呼んでやろうと心の片隅に置いておくのでした。
telp
2007/09/16(Sun) 00:25:42

明日は明日。

というふうに、一日が連続して続かないのは、単に睡眠を挟むからだろうか。

前日の気持ちが翌朝、豹変していいる感覚が恐ろしくも救われも・・・。

私の無意識状態はおそらくかなり無責任なもんだ。
意識状態での集中力はかなり継続するほうだと思っているけれど、睡眠を挟んだとたん別人である。

”大切な日の前に寝るのが怖い”などという人はそんな感覚を自認しているのだろうか。

私は大切だろうが何だろうが、睡魔が襲えば意識も鈍り寝てしまう。

いつも困っているのが、作曲とmixを作成するときだ。
私は作業効率が悪いのと、あきらめが悪いのが同居して、どちらもなかなか捗らない。

それに気がついたことが割と誰というわけではなく、第3者の事を考えているようだ。
要するに自分がどう思われているか、どう思われたいか、ということの表れなのだろう。

”私は誰にも左右されない”というスタンスは、その発言を機にむしろ誰からも左右されていることのあらわれであるように思った。

人のどんな発言も、皆聞き飽きている。
誰がどんな事を言おうが、どこかで聞いたような言葉だ。

稀に素直に受け止められる言葉がある。

それは境遇がつきものだったりする。

私もよく無責任に適当な事を話すことがある。
なんの境遇も知らないで、知ったような事を話す。
それは間違ってなくても、どこかで聞いたような話だから、言葉としての意味はなくなる。

所謂”場の空気”を重くする言葉というのがあるが、その言葉が発せられる境遇を皆知っているからだ。

”なにもそんなこと言わなくても気がついていたよ”

もしかしたら上記こそ、日本的感覚なのかも知れない。

気がついていることを口に出すか、出さないか。

口に出したモノは愚かにもみえるが、それとは違うなにかを得ている。

その何かを得ているという感覚は、私にとってどこかおかしいことだ。

なんせ皆感じとれているんだから。





suu limit
2007/09/13(Thu) 00:23:55

「世界中に音楽が何曲あるのか?」

今日こんな質問を受ける。

ここで「〇〇曲です。」
などと素直に答えれるのも面白いかもしれない。
(なにかしらの制約をつければ返答が可能かもしれない)


外出すれば認識できる音を音楽として変換して歩いている人もいる。
個人の認識次第意外のところでも様々なパターンが出来上がる。

世の中が複雑化していくほど音楽にあふれる可能性が高くなる。(それがいいものかどうかはもちろん別の話だけれど)

しかしNYとブダペストでNYのほうが複雑なゆえパターンが増えるのかと言われればそうでもない。

認識できる音周波数はたかが知れているが、ふと意識を向ければ普段認識していないだけに、異常に感じてしまうほどパターンが存在する。

では、普段認識していない音とはなにか。
どの音を必要として、どの音を必要としていないのか。

例えばサッカーをしている時にカラスの鳴き声を気にする瞬間はあまりない。
チームメートの声や後ろからくるディフェンスの動作音に意識を向けているのが、サッカーをうまく運ぶ事につながる。

なにかをうまく進めるために意識する音を選ぶ。
生きる為に意識を向ける音を選んでいる。

街を歩きながら、「今の音やばいね~」なんて話はあまり聞かない。(皆、心にひそめているのかも知れない)
坂本教授が、学生の頃、電車に乗った際はすべての音を認識するトレーニングをしていた、みたいなことを言っていたがこれは尋常な作業ではないし、私が試した時に認識できた音は100分の1にもすぎなかったはずだ。

同じ音楽が好きだという人間よりも同じ音を認識できる人間のほうが気が合うに違いない。

どれだけ音楽を”認識”できるか・・・・なんて重要ではないかもしれないけれど、きっと有意義な事だ。


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