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鈴木幸希
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2017/09/24(Sun) 14:07:17
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一応アジア圏だから・・・。
2007/03/30(Fri) 03:35:54
ついさっき消えてしまった記事はあまりにも鬱性の強いものだったので、クリックの過ち一つで消えてしまったことに、そもそもなんの信憑性もなかったのではないかと安堵感に似たものを感じています。

要するに”クリック一つですっきりする場合もある”という形でユビキタス体験をしたわけです。

そこで明るい話題を。

夕飯時に、多少酔った父幸雄から電話があり、結局なんの用事かわからないいつもの感じだったのですが、その中の話の一つで4月を目安に実家にネットを引くことにしたんだそうです。

母が赴任先で使用していたpcを実家に置いていくいうのが事の発端だったらしいんですが、父がネットを使用する理由がなにもないんですね。

すると父が言ったんです。
「お前のプログを観るんだ、へっへっへっ」といった具合に。

ブではなくプです。プログ。
あえて言い直さずそのまま流して置いたんですが、一体だれが父に伝えたのか・・・。
そもそもブとプを言い間違えている次点で、ブログがウェブログの略称だということも知らないであろう父は、なんのことかわかって言っていたのだろうか。

ビジネス用語や広告媒体なんかで新しい言語は毎日のように作られるんでしょうが、そんなことは一切無関係といいった具合の人に、その言語が出会った時に大抵の場合、まったく意味性を持たなくなり、なんならイントネーションや語呂さえも解体されてしまいます。

とても気持ちがいいんですね。言い間違いってやつは。
そもそも具体的な意味が言語に染み付いていない言葉だから、そんなことになるわけです。

〇〇=~~中略~~を意味する。のような言葉ってやつの利便性は常用してしまえば認めなくもないんですが、言葉は使う人間を選ばないから意味性の認識の仕方が違っただけで大きく異差が生じてくるんですね。

それはそれでおもしろいんですけど。

誰かのその場限りの選択でできていったような1つの意味も伝えることのできない言葉が、増え続けるのはワリとこの国らしいのかもしれません。

季節などに依存した独立した文学感が国ですからでしょうが、物語の序文が”何かを創造させる一文”になっていることが多いように思います。
例えば、[朝から降り続いた雨が去った静かな4月の夜、老人はパン屋の前に腰を据える]という適当な一文が、その物語の序文だったりすると、場所や季節感くらいは容易に想像できるでしょう。

ただ、雨が降ろうがパン屋の前だろうが、老人だろうがなんだろうがいいはずなんです。

これは誰かの創造のもとに、こちらの思考を傾けてその人の創造風景を形にしていく作業ですね。

めちゃくちゃなことを言うと、この誰かの一瞬の気分や選択によって創造されたものに一瞬でも思考を傾けることに嫌気がさすわけです。

なにが言いたいかわかりませんが、考え尽くされた出来事やモノが目につきにくい状況は、物質文明の産物なのではないかと思ったんです。






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無題
言葉ってのは難しいですねぇ。
意図が伝わらないことが多いから。
営業マンだった頃、お客さんに説明しても理解してもらえなくて、激しく落ち込んだことも一度や二度じゃなかったですね。

不完全、なんでしょうね>言葉。
だからこそ時代により単語や用法が変化していく訳で。
平安時代の人と現代人じゃ、意思の疎通、絶対できないですよ。

そんな不完全で不確定な世界でも、生きていかなきゃならない。苦しくても。

それだからこそ、哲学や芸術に興味を持つのでしょうね。



少し酔っぱらいながら電話かけてくれるお父さん。いいなぁ。うらやましいなぁ。
tra 2007/03/31(Sat)01:45:40 編集
無題
>traさん

不完全を形式化しようとした結果の文法やら何やらなんでしょうね。

進化と破壊がイコールとしてあるのは言葉がもっともわかりやすい事例のように思います。
文法は必要ですが、それをバックボーンに言葉の誤りを指摘することは空しいことです。
aka 2007/04/01(Sun)00:57:36 編集
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