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鈴木幸希
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2017/06/24(Sat) 05:49:47
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修正
2009/01/26(Mon) 00:23:30
 10年程前に発刊していたいインターコミュニケーションが近所の古本屋に置いてあったので、
3冊購入した。

※NTTが出版しているテクノロジーがどうのこうのと書いてある書物。

その1冊にヴァーチャル・アーキテクチャーが特集されていて、適当に流し読みをしていた最近。

ヴァーチャル・リアリティを体現しようと、
各方面で研究が成されていている時代背景が全編を埋め尽くしていた。

ヴァーチャル・リアリティというと仮想現実、疑似体験と同意であり、
シュミレーションといわれる言動や、物事に当てはまる。

数年前、セカンドライフがヴァーチャルシティを完成させ、
数名の企業や個人がその場に集合した。(シムシティというゲームがその以前にあったが、共有という面で、ヴァーチャライズが不完全であった。)

セカンドライフの完成度は高く、ヴァーチャル・リアリティをある種体現できたツールであったかもしれないが、操作性という意味で大きく課題が残っている。

コントローラ上である一定指令を与えれば、おおよその人的動作は可能である。(※飛ぶ事もできる)

ただ、そこにリアリティがあるかといえば、別の話。
ジャンプという動作においては、ファミコン上でマリオをジャンプさせている時のほうが、
よっぽどリアリティがある。
その証拠に小学生の頃、マリオをジャンプさせながら、自らの身体を浮かしてします友人が多々いたように思う。(任天堂がWIIを開発できた、そもそもの根源はマリオのジャンプの躍動感にあるのではないか。)

昨年、ある仕事でメタルギアソリッドに触れる機会があった。
操作に慣れていだけなのだろうが、動作にリアリティを感じる事はできなかった。

人が動く時というのは、ほとんどが無意識である。
歩行に例えるとわかりやすい。目の前に障害物がある時以外、歩行を意識する事はまずめったにない。

ヴァーチャル・リアリティの課題はいつもそこにある。
無意識の部分を意識的に操ろうとする結果、反応が遅くなり、時間がずれ、空間的体現に支障をきたしてしまう。

ヴァーチャル・リアリティが歩んできた道は、おおよそ検討違いということになる。

ただ、たかが10年前に研究されていたそれは、少し違っていた。
未来を想像してのヴァーチャルなのだ。

現在でいうと、現実があって、それを仮想化するという本来の意味での研究がなされているが、
(googleしかり)、当時は未来仮想という若干ずれた観点での研究が成されていたようだ。

端的にいえば、サイバーのそれである。

サイエンスフィクションとでもいえばいいのだろうか。
よっぽど魅力的である。

未来を曲がった形で想像できなくなっている(※表だたなくなっている)原因はなんだろうか。

どちらかといえば、修正作業ばかり進めているような気がしてならない。
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