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鈴木幸希
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jrfos
2008/01/23(Wed) 23:49:06

最近、睡眠時間が減っている割に朝の目覚めがいいのが気持ち悪かったのだけれど、
今日はかなり深かった。

朝、カーテンを開ける習慣はないのだけれど、
身体がなにか変化を感じて、カーテンに手を延ばし、外を見ると雪が降っている。

きっと皆そうなのだろうけれど、雪(とくに初雪やひさしぶりの雪)の朝というのは雪を確認する前から、
なにか感じているらしい。

そもすれば東北人の能力なのだろうか・・・。

雪の中歩いていると30m前方のおっさんの傘が吹っ飛ばされる。
次の瞬間、自分の傘も吹き飛ばされそうになる。

テリトリーというものがあるが、一般人は自身の皮膚から80cmくらいにそれぞれのテリトリーをつくっているとのこと。(潜在能力により前後するのだろうけれど)

おっさんの傘が後方に吹っ飛ばされる事を確認しているにも関わらず、
数秒の間”おっさんの傘が吹っ飛んだ”としか考えられなかった頭が悪いのか、反応が鈍いのか、
自分の傘がやられた瞬間、残念な気持ちになる。

正月に増えた体重は、特に何もせずとも戻ったが、
いい機会だということで、運動をし始めた。

ちょうどいい事にサッカーボールが4つ我が家に舞い込んできたこともあり(もらってきただけだが)
近くのでかい公園(運動場?)で夜な夜なフリーキック。

高校の時、社会人サッカーで(サッカー部がなかったので)、ブイブイいわせたフリーキックの精度が一欠けらもない。

こうなってくると、ダイエットなどどうでもいい。
要はフリーキックの精度を上げるだけの為に夜な夜な球蹴りである。(本日は雨なのでお休み)

ボールを蹴る先の事が読めないと、まずボールはそちらに向かっていかない。
見えているだけではなんの役にも立たない。(と小学生の時読んだ本で元ガンバの釜本監督が書いていた)

サッカーは視野がどうのこうのというけれど、視野ではなく気配の話だ。
自分はずっと中学の時ストッパーをしていたのだけれど、フォワードが前方からやってきた時、
間合いによっては気配を薄められることに気がついた。中1の冬の体育館での練習の事だ。

3年相手に練習していたが、まったく抜かれる気がしなかった。
相手の全体像をぼんやりみていればいいだけの話。

なんとなくそれからというもの1対1には自信をもっていた。所謂クソガキである。
(万が一ドリブルで抜かれるような事があれば、相手の足をかっさるだけの話 ※青少年の私になんかの合宿である読売選手が教えてくれた。)

こないだJFAのサイトをみていると、私の年齢では日本代表にしかなれない事に気がついた。(U-23とかダメなわけで)

今、将来、何になりたいと聞かれれば、サッカー選手か総合格闘家というなんとも言い難い夢ばかりが浮かんでは消えて。

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um
2008/01/21(Mon) 01:55:44

mukutekikamon.gif











”時代は、なにを買ったかではなく、
なにを寄与したか、なにを辞めたか、になっていくだろう
それこそが未来のデジタルの最後の指名だと、僕は思う。”

噂の高城剛がブログにそんなことを書いていた。(今度、関わりがありそうなのでブログをみていた。)

今に言われたことではなくて、なんだかよく分からない消費社会とやらに生きる時代の人間としては一度は意識してきたことで。

それが”デジタルの指名”と感じた彼らしい(よく知らないが)視点かもしれない。

いつの頃からかよく聞くようになった「これにあれがついていたらいいのに」という話。
(私自身、ターンテーブルとcdjは一緒にしたほうがいいと思っているのだけれど。機材整理の時、cdjの上にタンテ乗っけた際に気がついた・・)

”デジタル”の優性の一つに”アナログ”に生じる劣化をなくすというものがある。
ケーブル50本を1本にできたりするって事にも繋がるし、そんなことはやられてきている。

デジタルを扱う人間の発想がデジタルではないということか。
デジタルを一つとして捉え、それを並列にしてしまおうとする。

これでは馬鹿だ。

タンテにcdjの発想だって馬鹿だ。
実際はタンテもcdjもなくしてしまえばいい。シンプルだ。

なにを流すか。pcか。

そうじゃない。

音楽が流れればいい。

オーディオもいらない。楽器もいらない。
音楽もいらない。

シンプルだ。

なにかに凝縮されてシンプルにされていく姿の極致は想像もつかないが、
今考えるだけのことを思うと恐ろしい。

mayo
2008/01/18(Fri) 00:52:20

最近、notepcのホームページを、AFP BB Newsに変更してみた。

yahoo、msn、産経あたりは、ほぼ同じニュースを流している事と、終いにはトピックスまで類似している点が気にかかっての変更。

最大の特徴は写真情報からニュースを選べるところと、ファッションニュースの情報数。

写真をメインに使用していることと、異様に多彩なトップページ(ロールしてもなかなか最下部へ辿り着かない)
のせいで多少重いが、相当な条件ではない限り問題はないはず。

ホームページというのはかなり重要な要素を握っているように思う。
いつの頃かに設定して、そのまま使用しているという人が大多数のはず。

「結局、”検索”や、”お気に入り”サーチ(選択)して閲覧するから」と言ったところか。

先日、友人にも「暇でしょ?」と言われてしまったが、確かに年始から仕事が落ち着いている。(といっても約12時間は仕事をしているようだが・・・麻痺だな・・・)

時間があれば、無理やりにでも情報を突っ込んでみたりしたり。

”クローン食品アメリカがokサイン”が本日一番印象に残っている。
別にそれについて書く気はないけれど、クローン食品だろうがなんだろうが、
マヨネーズよりは安全に違いない。(一時マヨネース狂が世にはびころうとしたが、許されるわけがない。)

以前フォーマットのakarmawebにてマヨネーズについての怒りを書いているので、かならず目を通してほしい次第です。

http://ameblo.jp/akarma/entry-10009930609.html

なんか嫌な終わり方だな。

ratra
2008/01/16(Wed) 00:16:24

所謂細胞系のかなり直接的で今までと違い分かり易いニュースが舞い込んできた。

死亡したラットの心臓を型枠とし、生後まもない別ラットの心臓細胞を採取し、型枠心臓内での培養に成功したというもの。

米ミネソタ大の研究チームらしい。ミネソタもふざけたハードコア連中だけではないのだ。

現状、”心臓の型枠”という部分に課題が残っているが、ラットのから臓器を採取せず研究を進める事は、
過去の細胞研究実例をあげれば、容易にできてしまうのかもしれない。(牛のじん臓の件とか)

あくまで心臓の再生であるから、身体(脳)が死亡(?)してしまえば、
人が生き返るということでもない。

脳死状態とも違うのか?

タイミングと死因によっては、生き返りそうな話でもあるが素人はよく分からない。

ミネソタ大の研究チームは、死亡者の心臓に、生前に本人から採取した幹細胞を注入し、
再生した、心臓を移植、
結果、ドナー不足問題の解決に繋がるのではないかという意向らしい。

人間の”寿命”はどこにあるのかよく分からない。

脳でないのであれば、
各臓器を再生し続け、
AKIRAのタカシやマサルのような人間が出来上がるという話になる・・・か?

寿命という時期を超えた先には、彼らのような能力が身についても不思議ではないし、だれも否定できないのではないか。

その頃、どんな音楽が流れているのかのほうが興味あるのだけれど。

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