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鈴木幸希
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2026/04/11(Sat) 08:23:40
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iccが10年目だそうです。

5~6年はお世話になっていますが、一時期の閉館なるかというところまで来ていたんですが、坂本教授なんかが反対運動(ライブ)を行い、民間の署名なんかもあったんでしょうかね?

無事、暇つぶしスペースとして現在にいたるわけです。
ドミニク・チェンさん(icc学芸員。私は少しファンなんです笑)の努力もあってか、定期的に入れ替わる展示会はどれも教養をつけろと言わんばかりに解説だらけ。
メディアアートに関しては、バックボーンが明確にしといたほうが意味があったりしますからね。

4月21日、22日に行われるパネリストセッションは、藤幡正樹さんや高谷史郎さん等、興味深い人選です。

あらためて10周年ということでセッションが行われるなんてことになっていますが、メディアアート全体(思想含む)のアーカイヴィング化の話とかが聞けるんでしょう。

iccの設備自体がナンチャラ歴史記念館のようなことになってしまわないように・・・・。
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ダーガー展 原美
2007/04/14(Sat) 00:50:59

今日から原美術館でヘンリー・ダーガー展です。

以前 ダーガーについて書いたのでよかったらどうぞ。こちら→

7141-170.jpg









日本での公開がはじめてのものを中心に展示するそうなので、4年前?ワタリウムで観た人もまた行くといいです。

ついでに京都のギャルリー宮脇というところでも、”アウトサイダーアート、アールブリュット・コレクション”と題して4月20日から展示会をしているようなので、近いかた、出張の方はどうぞ。
ドイツのtheoなど、日本で観れるのが不思議な作品が多数。(ギャラリーの方に敬意を・・・)

洋書コーナーが充実している本屋さんにならば置いていると思うんですが、この手の作品ばかり扱ったraw visionという本があります。(amazonで十分ですね)





こんな感じで展示会や、書物、サイトで紹介されるのは実は危険なことです。
なぜかこの手のアートはアール・ブリュット(生の芸術なんて略されますね)という言葉に甘える形でまとめられてしまっています。

実際に絵がみたいのか、それとも芸術教育を受けていないという事実を知った上で、人格を見に行くのか。
別にどっちでもいいんですけど。

誰でもよかった
2007/04/12(Thu) 16:43:34

世界中に何種類の音があるのか(聞き取れるのか)なんて事はおそらく把握できないとおもうのですが、その中で音楽とよばれるモノが1%にも満たないという現状があります。(音楽というか音源として)

40年代にはフランスでミュージック・コンクレートが誕生し、自然音の”音楽化”が可能になりました。
これはテープレコーダーが開発されたことで可能になった手法です。(テープレコーダーはナチスドイツによって飛躍的に質があがったようです。PA設備にしてもナチスのプロパガンダ活動に使用するために開発されたようです。大戦時に各国で行われた技術開発はモノに対する用途や思想が間違っていたとしても目を見張るものがあります)

譜面から離れたミュージック・コンクレートは、創作時のハプニングにより楽曲を導き出すという視点を生み出しました。

この手法はシュトックハウゼンやリュック・フェラーリなどが多様したことで、現代にも影響を与えていることは確かで、どんな音楽にも要素として取り入れられているようです。(というか創作するのあたっての基本手法となっている為意識しずらいくらいまで浸透している)



アーティストのインタビューなどで現代音楽からの影響が語られる時、どうも信用できない。
とくに現代音楽というとケージ以降の”偶然性”を用いたものが音源として残されているようですが、そのようなモノからの反映というのがまったく聴き取れない。
反映というよりは手法のコピー。

現代の前衛音楽というのが、何を指すのかはわかりませんが、”前衛とよばれるものはは前衛のコピーでしかない”とジョン・テジャダがコメントしていたのが印象的です。

シュルレアリスムにしても”偶然性”を利用した作品が多いのですが、音楽に偶然性が取り入れられたのも同時期のことです。(いわいる第2次大戦後)

”偶然性”が必要とされていたとういうことは、やはり何かに縛られていたといいうことに繋がるとおもうのです。

現代では”偶然性”や”連続性”、”断続的な規則性”などが一般的となっていて、その恩恵を受けながら音楽を聴いているわけですが、そこに満足しているという状況はいつまで続くのかと思うと将来への不安が笑(おそらく我慢できずに実験や開発にとりくんでいる人もいるのでしょうが。渋谷慶一郎さんとかかな?)

自分個人でいうと音楽に関して、現状に満足できずに実験を始めたり、テクノロジーを使用してどうのこうのといった事は始めないとおもうんです。

とある音楽史を眺めると、音楽というものの1%も聴けないまま死んで行くのは確かなことです。それを踏まえたうえで音源にお金を払っているわけだから、ある意味慎重にならないといけない。

djセットのパーツとして消費されるような音楽がレコード屋にはたくさんありますが、その現状を知った上で「音楽は金の為ではない」と言ってしまうアーティストやライターは何を言っているのか。

ことdjに関して言えば、料理をつくる為の材料がレコードなわけで、豆腐を買うのとなんら変わりないんです。(豆腐だけでもうまいが・・・)


今回なにが言いたかったかというと、新しいものを求めるという気持ちが消費社会以降クリエイティブと直結しているという事自体、貧乏くさい寂しい事だということです。

ビジネスがそれで成り立っているのも不思議なものだし、そうゆう話をする人が増えているのも不思議なことです。
ありものを見つめたこともないくせに。

悲観的に終了します笑



L : idealizm R : 理想主義
2007/04/10(Tue) 16:55:00

やけに英会話を求められる機会が増えたのは、アジア圏の人々が英語を引っ下げて日本に出稼いでいるからでしょうか。

「日本なんだから日本語で話せよ」なんてことも言えない状況である。なんせ日本語のむずかしさは異常だ。
単語、文法などすべてマスターして死んでいく人など、なかなかいないだろうし、言葉は変化しまくるもんだから尚更です。



よくある教則本に手を出してみました。
cd付きでとりあえず単語だけ覚えましょうみたいなやつ。

付属cdはLチャンから英語、Rチャンから日本語が流れる仕組み。

例えると L :swing  R :開閉する、振り返る

という具合に同時に発音していくだけのcdです。

英語のトレーニングというよりは聴覚へ意識を向けるトレーニングをしている感じ。

聴覚のトレーニングというと、音響系やクラシックに至るまで、音楽家はよく聴こえてくる音をすべて認識するということをしています。
やってみると世の中ノイズだらけ、無響室さえ自身の体内の音ばっかりはどうにもならない。

物理的な聴覚問題だけでは解決しないものだ。音イメージできるものであるうちは視覚もまた聴覚というのは疑いもない事実なんですね。

もちろんこんなcdばかり聞いていてもすぐ飽きるに決まっている。(聴き始めてすぐにつまらなくなった、というより寂しい気分になった・・・・)

なので、cdjに突っ込んでコスリネタにしている始末です。LRに英語日本語が分割されているため、なかなか面白いネタなんですね。
実用的な面ではcdjならピッチ補正がついている分、ゆっくり英単語を聞きとることができますし容易にリピートもできる。なんならリバースも笑
cdjを扱う各メーカーの営業さんは英会話教室と提携組んで売っていけるんじゃないかと・・・・。

”ビジネス英会話TOEIC850点を目指そう!今ならPIONEERのcdj mk3付きで年間〇〇円!!”みたいな広告・・・。


そういえば、この教則本の中に、マイク君がミシェル君に音楽の趣味を聞く場面があるんですが、ミシェルが「ケイト・ブッシュの世界観が好きさ!!マッシブアタックやポーティスヘッドなんかのトリップヒップもいいね!」と答えてるシーンがあります。

英会話教則本にケイト・ブッシュを選んだ製作者は、すこし面白い人に違いない。







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